新潟で中国語会話をプライベートレッスンで習いたい方へ〜新潟日報晴雨計5〜
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 私が、日本へ来て真っ先に感じた不自由がある。それは言葉。

 食事や買い物等、あらゆる事を日本語でやらなくては事が進まない。

 当然、思うように言葉が出来ず本当に落ち込んだ。

 まるで日本中で私一人がしゃべれないようで、自分がだめ人間になった

ようだ。

「あぁここがハルビンならどうって事はないのになぁ」そんな事を毎日

毎日考えていた。

 そんなある日、父親の友人から「家に遊びにいらっしゃい」とのお誘い。

 これも日本語の勉強と二つ返事で、行き方をメモしていざ出発。

 目的地は六日町という新潟市から離れた所だ。

 ところが、メモした時間に何台ものバスが来てどのバスを乗ればいいの

かさっぱり分からない。「これかなぁ〜?」と乗ったバス。しばらくする

とバスの中でうとうと。運転手さんに肩をたたかれて目が覚めた時、背

中に悪い汗をかいた。「しまった!しまった!」ここがどこだか見当も付

かないっ!

 運転手さんに「どちらに行きますか?」と聞かれ「六日町っ!」とすが

る思いで答えた。

「あ〜六日町は方向がちがうよ〜」らしき事を言われ泣きそうになった。

 ところが、運転手さんはなにかひとしきり何かをしゃべり、私に付いて

きなさいと手招きした。「ん〜あやしいなぁ」言葉が通じないと猜疑心が

強くなり正直、運転手さんを信用できなかった。でも従うしか他に方法

が無い。

 ところが運転手さんは、自家用車に見ず知らずの私を乗せて、六日町行

きのバス停まで連れていってくれた。そしてやってきた六日町行きのバ

スの運転手さんに「まちがいなくこの子を六日町でおろしてよ」らしき

事を言ってくれた。そして目的地に無事到着。

 心からホッとした。なんて親切なんだろう。でも私は、別れ際に「あり

がとう」しか言えずにとても悔しかった。もっと感謝の気持ちが伝えた

かった。その悔しさがバネにになり一所懸命日本語の勉強をした。

 あのバスの運転手さんが、私の日本語の扉を開くきっかけを作ってくれ

た恩師だ。

 


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